線維筋痛症とともに生きている、 復活サポートカウンセラーが約4年間 心理カウンセリングを受けてみた

線維筋痛症患者でもある、cocoroharadaがカウンセリングと出会ってどう変わったかを綴っています。

2015-07-01から1ヶ月間の記事一覧

線維筋痛症とともに生きている、 - 復活サポートカウンセラーが約 4 年間- 心理カウンセリングを受けてみた - 第44回 線維筋痛症患者である私の個人的悩み(1)

今回は「悩み」について書きます。 カウンセラーといっても人間ですので、 悩みとは無縁の生活は送れません。 そこへもってきて線維筋痛症などと いうものを抱えて生活しているので、 ネタも尽きませんが、悩みも尽きません。 もう言われ慣れたのであまり気…

線維筋痛症とともに生きている、 - 復活サポートカウンセラーが約 4 年間- 心理カウンセリングを受けてみた - 第43回・生命維持のための決断(8)

体重の増減について今回は語ってみたいと思います。最近の私しか知らない方には「恰幅がよい」というイメージがあるかと思います。二十代は75キロ→110キロ→78キロ。三十代は78キロ→65キロ→75キロ。四十代は78キロ→110キロ→98キロと推移し、50になって98キロ…

線維筋痛症とともに生きている、 - 復活サポートカウンセラーが約 4 年間- 心理カウンセリングを受けてみた - 第42回・生命維持のための決断(7)

若い頃一時的に暴飲暴食して、太ったこともありました。その頃は、そういう自堕落な生活をしていた自分が悪いんだ、と激しく自分を責めました。そこで、人生最初の肉体改造に挑むことになりました。もちろん独学でトレーナーなどいません。最初は腕立て伏せ…

線維筋痛症とともに生きている、 - 復活サポートカウンセラーが約 4 年間- 心理カウンセリングを受けてみた - 第41回・生命維持のための決断(6)

太りやすい原因については色々あると思います。私の場合でなら、若い時期の不規則な食生活、早食いなどが原因であろうと考えられます。 たくさん食べると確かに太りますが、一回全く食べられくなる体験をしてからは、至って少食になってしまいました。食べて…

線維筋痛症とともに生きている、 - 復活サポートカウンセラーが約 4 年間- 心理カウンセリングを受けてみた - 第40回・生命維持のための決断(5)

線維筋痛症は症状も多岐にわたり、同じ病名でも一人は 車いすがかかせない状態、ひとりは介助なしで自力歩行が 可能など、患者さんによっても現れ方がかなり異なります。 ですので、私の場合が多くの患者さんの例と合致するか といえばそうではありません。…

線維筋痛症とともに生きている、 - 復活サポートカウンセラーが約 4 年間- 心理カウンセリングを受けてみた - 第39回・生命維持のための決断(4)

太る、痛いというのはいくらそれ自体に意味があるとしても、嫌なものであるのは、間違いありません。 痛みに関しても機械で痛みの度合いが測れるようになってきていますが、体重に関してもご存知のとおり、体重計で計ることができます。 まあ、体重の増減に…

線維筋痛症とともに生きている、 - 復活サポートカウンセラーが約 4 年間- 心理カウンセリングを受けてみた - 第38回・生命維持のための決断(3)

一番身体の状態が悪かったときは、食べてもすぐ吐くし、飲み物も 受け付けないというありさまでした。当時はおかゆすら受け付けな かったので、栄養補給するには点滴以外の方法がみつかりません でした。 で、何も飲み食いしてないわけですから、当然体重は…

線維筋痛症とともに生きている、 - 復活サポートカウンセラーが約 4 年間- 心理カウンセリングを受けてみた - 第37回・生命維持のための決断(2)

元々私は痩せ型の人間で、成長期にはいくら食べてもガリガリの身体をしていました。それを指してよくからかわれてもいました。 日本人に限らず、人間というのは、太っている=不健康というレッテル貼りをされがちです。かといって、痩せていれば痩せていたで…

線維筋痛症とともに生きている、 - 復活サポートカウンセラーが約 4 年間- 心理カウンセリングを受けてみた - 第36回・生命維持のための決断(1)

実はうつと診断されて寝たきりになってからは抗鬱剤+点滴という生活をしてました。実は半年近く食事がのどを通らず、水を飲んでも、吐いてばかりという生活を送っていました。もちろんそういう状態ですから運動などできるはずもありません。ですが、何も食…

線維筋痛症とともに生きている、 - 復活サポートカウンセラーが約 4 年間- 心理カウンセリングを受けてみた - 第35回・心理カウンセラーへの道(9)

このままではどうにもならない、なんとかせねばと 基金訓練が終わりに向かうにしたがって大きな 焦りをうんでいました。まあ結果的にはたまたま 心理カウンセラーを養成する学校に入ってそこから 心理学にふれて大きく変わっていったので, 結果オーライとい…

線維筋痛症とともに生きている、 - 復活サポートカウンセラーが約 4 年間- 心理カウンセリングを受けてみた - 第34回・心理カウンセラーへの道(8)

基金訓練でかよっていた学校では、色々注意をうけました。授業中に出るげっぷの件は最たるものでしたね。いかんせん社会生活をしばらくしてないこともあり、皆に合わせていくのが本当に大変でした。 しかし、げっぷは我慢してできるものではないですし、堪え…

線維筋痛症とともに生きている、 - 復活サポートカウンセラーが約 4 年間- 心理カウンセリングを受けてみた - 第33回・心理カウンセラーへの道(7)

私が受けていた基金訓練というのは、3ヶ月で一通りのパソコンスキルを身につけるというものでした。 白状すると、この時点ではワードもエクセルも使いきれてはいませんでした。それが3ヶ月後にフォトショップやイラストレーター、フラッシュなどという高機能…

線維筋痛症とともに生きている、 - 復活サポートカウンセラーが約 4 年間- 心理カウンセリングを受けてみた - 第32回・心理カウンセラーへの道(6)

約5年前に受けていた、パソコンスキルを身につけるための、基金訓練に関しては色々悶着がありました。まあ、公的な補助をいただいてスキルを身につけようとするわけですから、厳しいのは承知の上でしたけど、最初に通院していることを告げると、医師の承諾が…

線維筋痛症とともに生きている、 - 復活サポートカウンセラーが約 4 年間- 心理カウンセリングを受けてみた - 第31回・心理カウンセラーへの道(5)

もともと絵が好きで一時期は絵の道で食っていけないか、真剣に考えた 事があります。それを「食えないから」という理由で諦めて就職し、 「自分の好きなことでは飯は食えないんだ」という思い込みとともに ずっと生きてきました。 そんな私が「なんか肩書き…

線維筋痛症とともに生きている、 - 復活サポートカウンセラーが約 4 年間- 心理カウンセリングを受けてみた - 第30回・心理カウンセラーへの道(4)

自らをイラストレーターと名乗り始めたのは、障害年金の申請を却下され、途方にくれた故でした。 今考えるとこの頃いくつかのターニングポイントがありました。 一つ目はそれまで処方されていた薬から現在も飲んでいるレメロンに切り替わり、これがまぐれ当…

線維筋痛症とともに生きている、 - 復活サポートカウンセラーが約 4 年間- 心理カウンセリングを受けてみた - 第三十回・心理カウンセラーへの道(4)

一年かけて書類をそろえてやっとの思いで出した 障害年金の申請はあっさり却下されました。当時 私がほぼ寝たきり生活で働けないというのも事実 であったわけですが、ちょうど虚偽申告が問題 となりはじめた時期で、役所が防御を固めだした 時期と合致してい…

線維筋痛症とともに生きている、 - 復活サポートカウンセラーが約 4 年間- 心理カウンセリングを受けてみた - 第二十九回・心理カウンセラーへの道(3)

キャリアカウンセリングをかれこれ五年くらい通いましたが、自分がカウンセラーへの道を意識し出したのはかなり後になってからでした。 実はうつ状態が一向に改善されないこともあって、カウンセラーさんの勧めで障害年金の申請をしてみることになりました。…

線維筋痛症とともに生きている、 - 復活サポートカウンセラーが約 4 年間- 心理カウンセリングを受けてみた - 第二十八回・心理カウンセラーへの道(2)

つい最近まで通っていたキャリアカウンセリングでは 相手のカウンセラーさんが変わることもざらにありま した。 以前話した内容が引き継がれていくわけではないので 相手が変わればまた一から自分のことを説明していく 必要があります。 以前でしたら、こう…

線維筋痛症とともに生きている、 - 復活サポートカウンセラーが約 4 年間- 心理カウンセリングを受けてみた - 第二十八回・心理カウンセラーへの道(2)

私は寝たきり生活を約2年経験してますが、 厳密にいうとずっと寝たきりだったわけでは なく、キャリアカウンセリングに行ったり 通院等はしていました。 ところがこれは私の本意ではなく、一日も 早い社会復帰を強く望んでいた両親の方針 でとにかく外出させ…

線維筋痛症とともに生きている、 - 復活サポートカウンセラーが約 4 年間- 心理カウンセリングを受けてみた - 第二十七回・心理カウンセラーへの道(1)

私が最初に寝たきりになる一年くらい前から月二回キャリアカウンセリングを受け続けていました。 実はカウンセリングとの出会いは、心理とは無関係なキャリアカウンセリングからだったのです。 キャリアカウンセリングというのは、簡単に言うと、再就職に あ…

線維筋痛症とともに生きている、 - 復活サポートカウンセラーが約 4 年間- 心理カウンセリングを受けてみた - 第二十六回・私の病気は線維筋痛症だった (8)

痛みにも肯定的な意味があるという考え方が 心理学にあるのは事実ですが、 これを線維筋痛症の当事者にうっかり言おう ものなら大変なことになります。 なぜなら、主症状である痛みは他人が想像 する以上に苛烈極まりないものだからです。 意味とかいう以前…

線維筋痛症とともに生きている、 - 復活サポートカウンセラーが約 4 年間- 心理カウンセリングを受けてみた - 第二十五回・私の病気は線維筋痛症だった (7)

線維筋痛症の主症状は「痛み」です。「物事には全てに肯定的な意味がある」という考え方が心理学にはありますが、ではこの痛みには果たして肯定的な意味があるのでしょうか? 人様を実験台にするのは気がひけるので、私が自ら試してみました。正直最初は「意…

線維筋痛症とともに生きている、 - 復活サポートカウンセラーが約 4 年間- 心理カウンセリングを受けてみた - 二十四回・私の病気は線維筋痛症だった (6)

全ての物事には肯定的な意味があるという考え方が、心理学にはあります。それがネガティヴなものであったとしても、です。たとえば…出かける予定があったのに、体調が急変してキャンセルせざるを得なくなった場合、あなたならどう考えるでしょうか?「せっか…

線維筋痛症とともに生きている、 - 復活サポートカウンセラーが約 4 年間- 心理カウンセリングを受けてみた - 第二十三回・私の病気は線維筋痛症だった (5)

これからお話することは「よくできた偶然話」で片付けようと思えば片付けられます。しかし「それにも何らかの肯定的な意味がある」と考えると、かなり深い話になります。 私は心理の勉強をはじめ、やがて北九州の教室にも通うようになりました。やがて北九州…

線維筋痛症とともに生きている、 復活サポートカウンセラーが約 4 年間- 心理カウンセリングを受けてみた 第二十二回・私の病気は線維筋痛症だった (4)

もともと通っていた病院は待ち時間三〜四時間、診療五分というところでした。よくありがちといえばそうなんですが、患者側からすると不信感を抱く要素としては十分でした。 診療といっても大した話をするでなし、正直な話薬をもらいにいくためだけに通ってい…

線維筋痛症とともに生きている、 復活サポートカウンセラーが約 4 年間- 心理カウンセリングを受けてみた 第二十一回・私の病気は線維筋痛症だった (3)

薬で低体温はなおらないとなると、ほかの方法を探せねばなりませんでした。いろいろ模索しているうちに、ふとしたことで低体温から「線維筋痛症」という言葉にぶちあたりました。聞きなれない名前の病気。しかし諸症状をみていくと自分と驚くほどシンクロし…

線維筋痛症とともに生きている、 - 復活サポートカウンセラーが約 4 年間- 心理カウンセリングを受けてみた - 第二十一回・私の病気は線維筋痛症だった (2)

さて、カウンセリングを受け始めた当時はまだ自分のことをうつ病患者だと思い込んでいました。カウンセリングの勉強も同時にしていて、その中に「仮面うつ」という、身体に症状がでるうつ病のことが紹介されていて、私は「自分の病気はこれに違いない」と思…

線維筋痛症とともに生きている、 - 復活サポートカウンセラーが約 4 年間- 心理カウンセリングを受けてみた - 第二十回・私の病気は線維筋痛症だった (1)

私は最初から「カウンセリング受けるとこんないいことがありますよ」という内容を書くつもりはありません。はっきりいうと、カウンセリングでは時に結構残酷な結末が訪れます。そんな思いをしてまでなぜカウンセリングを受け続けるのか?そこを今回はお話し…